二俣木吊り唄(金沢市二俣地区)              採譜・編曲 松嶋庄次

 

1 先のご先生親方様が あまり続いてご苦労じゃ故にヤ

  わしが一言息継ぎまする

  (アイヤーレヤレナーサアヤーレヤレナー息継ぎまする)

2 二十歳前から木吊り習うた 木吊りするには道具が要

  生藤切って台縄作り 台棒通うしてテンカラ掛けて

  相棒同士でマキモチ付けてヤ 息杖持って荷作りできた

(アイヤーレヤレナーサアヤーレヤレナー荷作りゃできた)

3 それじゃ皆の衆今から吊ろか 相棒互いに向き会って立って

  息杖立てて片方が担ぐヤ 担いだ足から踏み出すまいか

(アイヤーレヤレナーサアヤーレヤレナー踏み出すまいか)

4 尾山城へと道中が長い 高峠越すには登りが続く

  ハナカジ合図の息杖あげてヤ さあさ一本肩変えまいか

(アイヤーレヤレナーサアヤーレヤレナー)

 

台縄=木材を吊るす藤縄  台棒=運ぶ木材を吊るす強い丸太

まきもち=1m50cmほどの桐丸太で肩に担ぐ棒

テンカラ=まきもちと交差する棒

はなかじ=端にいる音頭取り

 

     1808(文化5)年に金沢城二の丸御殿が消失した。その再建には、現金沢市二俣町の山から材木を切り出し、金沢城まで大勢の人夫で運んだという。材木の重量、道程によって人数が異なるが、一本の材木を逆天秤方式により大勢で運び、大変きつい労働であったので、度々の休憩の際に唄を唄って力つけたという。二俣町では、こうした切り出しは、昭和30年代の機械化するまで続いたが、今日その木吊りの所作事と唄の伝統が現在でもうけつがれている。この唄を唄い易いように採譜、編曲し、このことが後世に伝える一助となれば幸いである。