柏野じょんから節(白山市柏野地区)

 

1 ハアここは加賀国柏の宿よ(ハアドッコイ)

  昔ゃ宿場でその名も知れる(アードッコイセドッコイセー)(以下はやしことば省)

 

2 ハア昔ゃ宿場でその名も知れる 今は踊りでその名も高い

 

3 ハアあの娘じょんな娘じゃ わし見てわろた わしも見てやろ アリャわろてやろ

 

4 ハア唄の村だよ柏野在所は 田植え草取り アリャ唄で取る

 

   白山市下柏野地区に伝承されている盆踊り唄である。その昔、毎年盂蘭盆の十五日、念仏踊りに端を発した「じょんがら」を夜の明けるまで踊ったという。下柏野地区は宿場町として栄え、その時代奥州から来た旅人たちの談により、村民たちは非常に感激し、その美談を後世に伝えんものと、ここに奥州名代の仇討ち物語なる「団七娘仇討物語・笠松峠女盗賊仇討物語」を舞踊化し、数年後、更に扇踊りを創作し、これを加えて「手踊り」「団七踊り」「笠松踊り」「扇踊り」と4種の踊りが完成した。

明治維新間脇は、一時中断されたが、当地出身の名力士、松風が中断を遺憾に思い、自ら工夫を加え改定蘇生し、青年団に伝授したという。これが世に知られるようになったのは、昭和3年8月の北陸毎日新聞社主催の納涼盆踊り大会が兼六園で開催されてからだという。

◆このじょんからは、細かい撥さばきの三味線、抑揚の少ない尺八、単純な太鼓、それに胡弓も加わり、軽快さと悠長さを併せもったような不思議な囃子に合わせ、かん高い唄である。踊りは、一般的な手踊り、扇踊り、段物と呼ばれる団七踊りと笠松踊りとが渾然一体となって踊られる4種類である。。団七踊りは、三人で踊られ、旅編み笠に紋付・袴・わらじ履きの武士が二刀を振りかざし、白の手甲・脚絆に身を固めた巡礼姿の二人娘が父の仇を討つために、右と左から薙刀と鎖刀をかざして立ち向かう踊りである。笠踊りは、奥州笠松峠に住んでいたという女盗賊鬼神のお松と、これに殺された父の仇を討つ夏目仙太郎という武士立ち回りが二人で演ずる踊りである。
子の踊りは、白山市無形文化財である。

(加賀山昭編「全楽譜・北陸民謡集」から引用)
◆じょんから考察参照