野々市じょんから(野々市市)

 

1 ハアー未熟ながらも拍子をとりて 唄いまするは富樫の略史

2 ハアー声はもとより文句もまずい まずいところをご容赦あれば

3 ハアー踊りましょうぞ夜明けるまでも 今を去ること千年以前

4 ハアー時の(みかど)は一条天皇 雪に埋もれて開けぬ越路

5 ハアー加賀の司に富樫を行けど 勅定(ちょくじょう)かしこみ都を跡に

6 ハアー下り来たりて野々市の 地理を選びて舘を築き

7 ハアー神社仏閣造営いたし 民を愛して仁政(し)けば

8 ハアー名僧智識は四方より集い これら智識に道ばを開きて

9  ハアー下は和らぎ 稼しょくを励み 上を敬(うや)い 富樫を慕(した)い

10  ハアー代々の司に 奏上いたし  勅居ありたる 良寛なれば

11 ハアー一の谷やら 鴨越と 屋島合戦 大功樹て

12 ハアー兄を名誉の 将軍職に 捧げ挙げたる 義経公が 

 13 ハアー落ちて来たりて安宅関所 家来弁慶読み上げまする

14       ハアー音に名高き勧進帳に 同情いたして 涙で落とす

15       ハアー老いも若きも手をとりながら 踊りますしょうぞ夜明けるまでも

16  ハアー実にもすぐれし 名将智主と 後の世までも 歌舞音曲に

17  ハアー残る徳こそ 白峰と高く 麓流るる 手取りの水と

18      ハアー共に幾千代 名は芳(かんば)しく 唄いまするは富樫の略史

 

◆じょんからは、石川県で口能登の宝達志水町から南では加賀市まで分布している。じょんからは、仏教との関連で説かれているのが特徴である。

◆平安の昔、加賀の有力武士団であった富樫氏は、代々野々市の地に館を築いた。
仏教から出たといわれる「じょんから節」は、富樫氏の徳を讃えるものとして武士・町民・農民の区別

なく一つの輪の中で踊られたとされ、民衆の安らかな生活をしのばせる素朴さをもっている。
◆室町時代に踊られた神楽踊りから守護職冨樫氏の遺徳をしのぶ踊りとも言われている。


◆昭和42年、野々市町無形民俗文化財に指定

◆「じょんから考察」参照