山 中 節(加賀市山中温泉)

 

1 ハアー忘れしゃんすなー 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師

2 ハアー送りましょうか送られましょうか せめて二天の橋までも

3 ハアー山が高うて山中見えぬ 山中恋し山にくや

4 ハアー谷にゃ水音峰には嵐 あいの山中湯のにおい

5 ハアー薬師山から湯座屋を見れば 獅子が髪結うて身をやつす

6 ハアー薬師山から清水を見れば 獅子が水汲むほどのよさ

7 ハアー桂清水で手拭きひろた これも山中湯の流れ

8 ハアー桂地蔵さんにわしゃ恥ずかしい 別れ涙の顔見せた

9   ハアーお前見染めた去年の五月  五月菖蒲(しょうぶ)の湯の中で

10  ハアー飛んで行きたやこおろぎの茶屋 恋のかけ橋二人連れ

11  ハアー谷にゃ水音峰には嵐 あいの山中湯の匂い

12  ハアー浴衣肩にかけ戸板にもたれ 足でろの字をかくわいな

13  ハアー山が赤なる木の葉が落ちる やがて船頭衆がござるやら

14  ハアー笠を忘れて二天の橋で 西が曇れば思い出す

15  ハアー恋のしがらみかわいやおつる  泣いて別れた二天橋

 

   石川県と言えば加賀温泉郷。1200年も前に開かれた伝統ある温泉の山中温泉、そこに温泉情緒が漂う山中節がある。その昔、山中温泉のお客様の大半は附近の船頭さん達で古い唄に「山が赤なる木の葉が落ちるやがて船頭衆がござるやら」にもある通り、春から秋にかけて北海道附近に出稼ぎしていた船頭さん達は、冬が近づくと家に帰り一年の苦労を癒すため、この山中に来てゆっくり湯治をしたのである。
 この人達は山中に来れば少なくとも一週間、長い人は一ヶ月も滞在して湯に入り、身体を休めるのが何よりの楽しみだった。そこでのんびりした気持ちで出稼ぎ中に習い覚えた松前追分をお湯の中で唄っていた。それを外で聞いていた浴衣娘(ユカタベ)達が聞き惚れて山中訛でまねをしたため、何時とはなしにこうした唄となり、昔は湯ざや節とも言ったそうで、古く元禄の頃より唄っていたものだそうである。
 こうしてお湯の中から生まれた山中節こそは、生粋の温泉民謡なのである。

   加賀市指定無形民俗文化財である。

◆石川県には、全国的に知らされた有名な民謡は数少ないが、この山中節だけは日本中に知られた県下一に位する民謡である。もちろんこの唄は、全国的にも有名な山中温泉地方の古い盆踊り唄がいつの間にかお座敷唄になってしまったのである。

山中温泉の歴史は古く、通俗的な説には、1200年も前、有名な行基菩薩が開かれたとか、または、別の記録には700年くらい前、加賀の長谷部兵衛信蓮がこの辺りに鷹狩り来たとき、足を痛めた一羽の白鷺がこの辺りの谷間に湯気の立つ流れに足を付け、傷を癒しているのを見つけ、こ温かい泉の効力を考えて温泉町にしたとも言われている。

いずれにしても、古い伝統を持つ湯の町で、ここで生まれた湯の町らしい情緒豊かな調子を持った節回しに歌詞が誠に面白く、「山中は恐ろしいところ」とか「夜の夜中に獅子が出る」とか「獅子が髪結う」などと恐ろしいことを言ってその意味をねらっている。実際は獅子というのは、獣のししではなく、四四の十六で、十六の娘さんのことだの、島田や銀杏返しに結って客のサービスをする湯の町の女や芸者のことを指している。

こうなると湯治客にとっては、夜中に出てくる獅子は、誠に嬉しい限りである。

鉄砲を肩に山中で「獅子も撃たずに空戻り」などの文句も折角山中温泉で一つ良い娘を見つけようとしてきたが、残念ながら、なすことなさずにもどってしまったと、気の抜けた顔で期待を裏切られて帰る男客の様をよく描いている。

このようにしてこの唄は、温泉に来る人々と相手の芸者がうたってきた唄である。また、湯煙から生まれたような、ゆっくりした唄あることから、北海道帰りの船頭が山中温泉で追分節を唄っているうちに、いつかできたとも言われている。